「研究者の「営業」活動 」 井尻直彦

The Voicers Report は、世界各地で活躍する10人のゴーゲッターで構成された The Voicers が各々の活躍の現場から情報発信をしています。今回は、歴代最年少で「ニチケイ」こと日本大学経済学部の学部長になった井尻直彦さんです。

みなさま、こんにちは。
やっと春が来ましたね。長い冬が終わり、ニチケイのある神田三崎町でも桜の花が満開しそうな今日この頃です。

日本のほとんどの大学は、この時期、卒業試験、入試、卒業式、入学式と重要な行事が連続するため、多忙を極めていて、職員のみなさんの残業時間が急増します。巷で議論されている100時間という残業上限では足らないかもしれません(ちなみに教員には残業という制度がありません)。

研究者の「営業」・セルフプロデュース活動

2月、3月は春休みなので大学教員は暇なのだろうと良く誤解されます。現実は、様々な行事のため、この時期教員が連続して取れる休みは長くて1週間程度です。この短い休みをどれだけ有効に活用できるかが、その後の研究者としてのパフォーマンスを左右すると言っても過言ではありません。そこで、今回は研究者のセルフプロデュースについてお話をしたいと思います。つまりは営業活動ですね。

意外かもしれませんが、研究者も営業活動をします。これはとても重要です。大学や研究機関などの組織に所属していても研究者としての評価はあくまでも個人的なものです。この点では、研究者も結果がすべてというプロフェッショナルな世界の住人です。若い研究者であれば上手く営業できないと学会から注目を浴びることができず、研究者として自立できない恐れもあります。今回は直近の私の中国・シンセン市への出張を題材にこれまで私が心がけてきた研究者としての営業活動の心得をお話します。

シンセン市は、1978年に始まった中国の改革開放路線を受けて1980年に経済特別区に指定されました。それ以降、元々は小さな港町だったこの町は外資を活用して猛烈な経済開発を進め、人類史上最速とも言われるスピードで人口を増加させてきました。1970年代には3万人程度であった人口は、現在では1200万人程度と言われています。1992年の鄧小平(トンシャオピン)の有名な南巡講話によって中国の社会主義市場経済化路線が決定的となり、以後シンセン市のような経済特別区に世界から投資資金が流入しただけではなく、国内から労働力も流入し急成長を遂げました。近年では、シンセン市は、製造業、金融業に加えて、IT系のベンチャー企業も数多く出現しており、中国のシリコンバレーとも言われています。例えば、最近ドローンで有名なDJI社もここシンセン市に本社があります。経済成長著しい中国においても、ひときわ勢いのある若い都市が現在のシンセン市であると言えるでしょう。

川向うが香港です
上海みたいな摩天楼。Panasonicに気が付きましたか?
シンセンには香港国際空港からフェリーに乗って上陸するのがおすすめです
シェコウ港で帰国便にチェックインして出国審査を受けます。これも便利です

研究者として職を得る前だけではなく職を得た後でも、私達研究者は営業活動をします。若い研究者であれば、少しでも条件(主に研究環境、給与など)の良い大学への就職・移籍を目指して、出来る限り学会、研究会、セミナーなどに参加して自分と自分の研究に興味を持ってもらえるように懸命に営業をします。私の場合は、もう若くないので就職や移籍のためではなく、自分の研究チームのために営業活動をしています。

研究者ボスの役目

一般に自然科学では大講座制と呼ばれる教授を頂点に准教授、専任講師、助手、研究員、院生などによって構成されるヒエラルキーをもった研究室(白い巨塔のようなイメージですね)を一つの研究チームと呼ぶことができると思います。ところが、経済学のような社会科学では大講座制ではないので、そのようなヒエラルキーを持ったしっかりとした組織はありません。経済学の場合は、指導教授(師匠)と助手、院生など(弟子)で人間関係の濃い研究チームを構成することが多くなっています。ただし、これは助手・院生がいる場合です。最近の日本では大学院に進学して研究者を目指す若者が減っていて、ほとんどの教授には弟子がいません。その場合、他大学の先生(指導教授や同門の兄弟弟子など)と研究チームを組織することが多いと思います。私の場合はここ数年助手と院生がいるので学内に研究チームがあります(ちなみに、私はタフなボスで知られており、千本ノックでガンガンしごきます)。

自然科学であれ社会科学であれ、研究チームを率いるボスには共通して必要な能力があります。それは学内の権力や研究者としてのカリスマ性ではなく、研究費獲得能力です。自然科学では研究機器、資材、人材などに多額の研究資金が必要です。社会科学でも自然科学ほど巨額ではないにしろ研究資金を必要とします。たとえば、この原稿を書いている私の研究用PC(正確にはサーバー)の価格は100万円を超えます。膨大な経済データを分析するため、獲得した研究費で購入しました。また研究に必要な経済データの購入費用、データ入力・加工のための学生バイト代などなど、研究プロジェクトが大きくなるにつれ、より多くの研究費が必要になります。そのため、ボスは研究プロジェクトの遂行、研究チームの継続的な運営のために、常に研究資金獲得に努力します。

研究資金獲得のために

研究資金獲得のためには、研究者が社会的に意義のある研究をすることは当然です。たとえば、ノーベル賞を受賞したiPS細胞の研究や環境問題の研究などは広く人類に貢献するので研究費を獲得するのは当然と言えます。起業家が戦略的にビジネスプランを練るように、研究者にとって研究テーマの選択は非常に重要です。それゆえ、全ての研究者はどんな研究テーマであっても、自分の研究こそ最も意義があり重要だと自負しています。これについて、若い研究者の方々の研究報告を聞いていて、ときどきもったいないと思うことがあります。優秀な研究頭脳を持っていても、あまり拡張性の無い研究テーマを選択していたり、研究意義を伝える努力や工夫が足らなかったりする人がいます。確かに基礎研究などは地味で一見すると理解しづらいのかもしれません。私は、そういう基礎研究ほど研究意義と応用性をアピールすべきだと考えています。だからこそ、研究者の戦略的な営業活動が研究資金獲得の成否を分けると思います。どんな営業活動が正解なのか、客観的に判断することは難しいです。しかし経験的には、やはり自分の研究について数多くの理解者を得ることが大切です。起業家が企画しているビジネスを説明し、理解者を増やして出資を募るのと同じように。

研究費を獲得するのに、先の若手研究者同様に学会などで研究報告をすることが重要な営業機会であること間違いありません。学会で研究報告をし、その研究テーマに興味を持ってくれる人が増えれば、別の学会や研究会で研究報告を依頼されるようになり、研究業績数が増えるだけではなく、研究テーマの知名度も高まります。また、より多くの研究業績(かつクオリティも)があれば、それだけ研究費の獲得機会も多くなります。そして、ひとたび、ある程度の研究費を獲得できれば、研究チームを構成でき、研究の速度もあがります。それにより、さらに研究業績が増えて、新たな研究費を獲得できる可能性も高まります。研究費が増えれば、一層研究が前に進むことになります。研究チームのボスは、このような研究の良いスパイラルを生むことが大切です。また、ボスとして研究資金を弟子たちに提供することも大切です(千本ノックだけではなく)。

研究活動のグローバル化

最近では社会科学においても研究活動のグローバル化が大事な課題となってきています。研究テーマの社会的な意義を評価する際に、そのテーマが日本にだけ通用するものであるのか、それとも国際社会に普遍的に重要なものであるかは、ひとつの判断基準となってきているように感じています。そこで研究費獲得のために、戦略的に国際的な共同研究の連携を計画することがより重要になっています。

経験的に言って、国際的共同研究は運営上のコストがかかりますが、それ以上にメリットがあります。上述したように研究チームは特殊な人間関係の上に成り立っていることが多く、固定的なメンバーになりがちです。この場合、徐々に研究チーム内で暗黙的な合意形成が容易となり確かに意思疎通はスムーズにいきます。しかし、同じメンバーと議論を重ねていると次第にアイデアが枯渇していきます。こういうときには、新しい頭脳をメンバーに加えてリフレッシュすることが大切です。この点では、国際的な共同研究の連携は研究チームの活性化に有効な方法と言えます。

グローバルな営業活動も、国内同様に関連する国際学会に出来る限り参加し、研究報告をすることによって国際的な知名度、評価を高められるように努力します。私は、この10年ぐらいは積極的に海外の学会や研究会に参加して、私の研究に興味をもってもらえるように一生懸命「営業」をしてきました。急に研究報告を依頼された場合でも対応できるように常に最新の研究報告資料と論文ドラフトを作成しておくなど準備もしています。また、研究報告に際してCVの送付を求められることもあり、CVのアップデートも欠かせません。加えて、私の場合、フランスにあるOECD(経済協力開発機構)に1年間出向して、より国際的な研究者ネットワークに参加する機会を増やせたことはその後の研究活動にとって有意義であったと思います。国際的な研究者ネットワークに加われば、新しい研究動向にいち早く触れることもできますし、国際的研究プロジェクトに参加してスキルや経験値を高めることもできます。もちろん研究業績も増えていきます。私の場合は、このような営業活動の結果、現在ではドイツ、フランス、中国の研究チームと連携して共同研究を進めています。

さて、今回のシンセンでの出張先は北京大学HSBCビジネススクール(PHBS)でした。数年前、国際学会で研究報告をした際に私の研究に興味を持ってくれた中国人の研究者に、ここでの研究報告を誘われました。まさに、過去の営業活動の賜物です。

このPHBSは、シンセン市が地域の大学院教育の充実を図るため、北京大学の大学院を約10年前に誘致した際にHSBC銀行の資金援助を受けて設立されたそうです。近年、アジアに英語のみで学習できるビジネススクールが設立されており、アジア諸国だけではなく欧米からも学生を集めているそうです。このPHBSも英語で大学院教育を実施しており、グローバル化に成功しているという噂を聞いていました。そこで今回はお誘いもあったので、見聞を広めるためにも、今後のニチケイのグローバル化のためにもPHBSを訪問してきました。今回の研究報告は90分間でPHBSの先生方だけでなく院生さんたちも聞きに来てくれました。質疑応答をはさみながら無事終了することができました。院生さんたちも良い質問をしっかりとしてくれました。一応、今回も一定以上の関心を掘り起こせたかなと思っています。

私の右側になるのが私のセミナーの案内です。学内にスタバがありました
吹き抜けになっている素敵な校舎です。スペースが羨ましいです

このPHBSでは、正規の学位課程以外に、エグゼクティブ向けのMBA教育も実施しているそうです(EMBA)。上述のようにシンセン市では、1990年代からのグローバル化を活用した高度経済成長下で起業家が多数出現し、シンセン経済のダイナミズムを生み出してきました。しかし、起業家第1世代の彼らは今後さらなる成長を達成できるかどうか、壁に当たっているそうです。これまでは改革開放というビックプッシュによって急激な経済成長の中でビジネスの成長を達成しましたが、中国経済も徐々に成熟化に向かい、先進国が経験したような成長率の減少に直面する恐れが強いです。その中で、次の時代でも自社が成長するには何が必要なのかと考え始めているそうです。シンセンの起業家にとってこれは新しい局面なので、過去を振り返ってみても、そこには答えが無いのかもしれません。そもそも彼らはなぜ自分の会社が急速に成長できたのか、確信的な答えを持っていないのかもしれません。そこで、彼らはビジネスの専門家に意見を求めるようになってきたそうです。PHBSによれば、これがシンセンにおけるEMBAの存在意義だそうです。シンセン市がPHBSを誘致したのも、おそらく将来を見据えて産学連携の力によって次世代のダイナミズムを生み出すインキュベーションセンターを創るというねらいがあったのでしょう。

さて、我がニチケイのグローバル化です。ニチケイには1989年に専門科目(経済学)を英語で教える国際コースを設置しました。これは当時としてはかなり先進的な教育課程であり、海外で活躍している卒業生も多くいます。ただ、残念ながらあまり社会的な認知度は高くありません。そこで、ニチケイのグローバル化を次の段階に進めていこうと考えています。具体的には教員のグローバル化を目標にしたいと思っています。この10年間でニチケイの教員の国籍もだんだんと多様化してきていて、現在ではイギリス、フランス、アメリカ、中国、そして韓国の5か国出身の教員がいます。10年後には、教員の国籍をもっと多様化させたいですね。研究チームと同じで、組織は同じようなバックグラウンドを持った人ばかりだといずれアイデアが枯渇し、硬直化します。新しい頭脳に加わってもらいリフレッシュすることが大切だろうと思います。

まとめ:心得

・ 戦略的なプランニングを心掛ける
・ 理解者を増やす努力をする
・ 機会を大切にするために常に最新の情報でプレゼンできるように準備をしておく
・ 同じ人と仕事をしているとアイデアが枯渇してくるので、時には仕事のパートナーの多様化を図る

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