「顔の見える『ニチケイ』を目指して」日本大学経済学部長 井尻直彦

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今回は、歴代最年少の日本大学経済学部長の井尻直彦さんです。

 

突然ですが、GoGetterz Voice 読者のみなさんは日本大学をご存知でしょうか。
みなさんは、おそらくこの大学名を一度は聞かれたことがあるのではないかと思います。
最近では日本の主要空港やJAL機内の本学の広告をご覧になった方もいらっしゃるかと思います。
それでは、みなさんは日本大学がどこにあるかご存知でしょうか。
実はこれは、なかなか正解を答えてもらえない質問なのです。

本郷、早稲田、三田、池袋、青山などは、それぞれ某大学の「本籍地」で、多くの方はそれぞれの街の名前から大学の名前を思い浮かべることができるだろうと思います。大学の周りには学生向けのお店が立ち並ぶので、自然と大学街が出来上がります。大学と大学街は共存共栄しており、長い時間をかけて出来上がった魅力的な大学街が大学の顔として世間に受け入れられているケースも多いと思います。
しかし、近々創立130周年を迎える我が日本大学ですが、残念ながらあまり多くの方に日本大学の本籍地を知って頂けておりません。
「顔の見えない巨象」。
これが日本大学の現状なのだろうと思います。
今回のコラムでは、私の自己紹介と勤務先である日本大学のことをお話させて頂こうと思います。

 

Ivory tower(象牙の塔)の学部長選挙

大学は、現実離れした空間として象牙の塔と言われることがあります。
昭和の時代ほどではないにしろ、現在も大学には実社会とは異なる空気が流れていることも事実だと思います。
ただ、この空気は学生たちにとって心地良いところもあり、一概に悪いとは言えないと思います。
また、研究者は外の権力から開放されているからこそ、理想的な社会のあり方を探究できると思います。
もっとも、大学の研究者が内なる権力争いに明け暮れていては、せっかくの象牙の塔も台無しです。
象牙の塔が有するエネルギーを教育・研究を通じて社会に還元していくことが大切です。

さて、私は2016年4月より日本大学経済学部(ニチケイ)の学部長に就任し、世界の有力な経済学部と肩を並べるべく、ニチケイの教育・研究力を高める改革に挑戦しているところです。
これは非常に野心的に聞こえるかもしれませんが、私は十分に勝算のある挑戦だと考えています。

これが『ニチケイ』学部長室。障子の向こうには4畳半の小上がりがある

宴会用か?ここで仮眠をして24時間働けということか?掘りごたつつき。外国のお客様に見せると喜びます

我がニチケイは1904年に設立されました。
設立時の初代学部長から数えて私で16人目です。
就任時に私は47歳でしたので記録によれば過去15名に比べ最年少の学部長です。
他の大規模私立大学の経済学部長と比べても、かなり年少であろうと思います。
通常は、私のような騒がしい若造の教員ではなく、品行方正かつ教養高い長老的な方が「象牙の塔」の学部長職に就きます。
一般に、学部長は教授会の選挙により選ばれます。
選挙の方法は大学によって少しずつ異なりますが、基本的にはどの大学でも民主的な選挙が実施されているはずです(オーナーが居る大学を除いて)。
ほとんどの大学の教授会はシニアな教授によって構成されているので、私のような中堅の教授が学部長選挙に立候補して選ばれることはあまり考えられません。
もっとも私の年代の教授は自分の研究が佳境に入る頃であり、大学の運営に関わって研究時間を奪われるのを嫌がるので立候補しようとする人はほとんどいないでしょう。
定年が近づいてきたシニアな教授が、永らくお世話になった大学にせめてもの恩返しにと若手・中堅教員に担がれて学部長選挙に出馬するのがよくあるパターンであると思います。

たしかに大学進学者数が右肩上がりに増えていた時代であれば、長老的な学部長が教授会を巧くコントロールし、学内に波風を立てず粛々と学部を運営していくことが望ましいと思います。
しかし、少子化による大学進学者数の減少が大学間競争を激化させ、そして日本経済の長期的停滞やグローバル化を背景に社会が求める大学の役割が変わりつつある現在では、学内において学部長が果たすべき役割も変わってきていると思います。すなわち、単に学部を運営するのではなく、将来を見据えて「経営」するという役割が従来以上に求められています。
大学としてしっかりとアカデミズムを守りながらも、新しい時代のなかで社会に貢献できる人財を育成するために必要な改革を内と外で押し進めていくことが求められています。
しかし、これにはかなりの気力と体力が求められますし、もちろんある程度の時間も必要です。
それゆえ、これは長老的な学部長にはなかなか難しい任務であり、時間を掛けてでも学部の新しい時代を創ろうとする意欲的なリーダーに相応しい任務であると言えます。

ここで、前回のニチケイの学部長選挙でシニアな教授陣が私にそのような期待をしてくれたので私が選ばれた、と言えればカッコイイのでしょうが、実際はそういうわけでありません。
もちろん少しは期待をしてくれていたと思いたいのですが、現実は単に他に有望な選択肢が無かったということだったと思います。
私を含めてどの候補者も研究者であり教育者ですから、「経営者」としての実績で選ぶことはできませんでした。
そのため、この選挙では「残された時間(つまり若さ)」が私にとっての最大のアドバンテージとなったのだと思います。
いずれにしてもこれは従来の象牙の塔的選挙ではなかなか起こらなかった選挙結果です。
私はこの結果を受けて少なくともニチケイは現在の大学が置かれた環境を鑑みて、従来とは異なる答えを求めたのだと考えています。
そこで、私は同世代の仲間達と共に将来だけを見てニチケイ改革を進めようとしています。
もちろん、大学は民主的な手続きを重んじますので、合理的な改革案を提案し、そして時間を掛けて丁寧に説明したうえで教授会の合意のもとに前に進ませていきます。

< ちなみに、私を選出したニチケイですら、私が学部長に選出されたという選挙結果が校内に貼り出されると大きな驚きに包まれました。 学生達もだいぶ驚いていました(すぐに学生達からメールがドッと届き、ほとんどが「先生、おめでとう」という祝福メールではなく「先生、マジですか?」と)。 そして、日本大学全体もこの選挙結果にだいぶショックを受けたようでした。このショックの理由はそのうちお話することにして、さて今回の本題に戻ります。  

ドラマ「重版出来」の撮影で使われた校舎の前にて

 

 

日本大学はとてもユニークです。

日本大学は、学生数において日本最大で、日本全国に25の付属高校を有する巨大な教育機関です。
高校に加えて、付属校として幼稚園、小学校、中学校、専門学校もあります(本年4月世田谷区にこども園が開園します)。
また、日本大学及び付属校に進学する学生・生徒の多くは特別な若者たちではなく、この国における本当に普通の若者たちです。
やや自画自賛的に聞こえるかもしれませんが、私はその規模と集まる若者たちの特性(凡庸さ)から日本大学がこの国で最も大きな影響力を持つ教育機関であると考えています。
それゆえ、私は日本大学の教育が真の意味で変われば、日本の教育が変わり、ひいては日本の将来が変わると考えています。
豊かな人財こそが国の力です。
そのためにも教育機関は、日本や世界の将来を担う人財を教え育てる責任を社会に対して負っています。
日本大学は最大の影響力を持つ教育機関として、その社会的責任は非常に重いと言えます。
この点において、日本大学はとてもユニーク、唯一無二な存在です。

我がニチケイの学生数は6500名で、これは成城大学全体の学生数の2倍に相当します。
ニチケイは学生数で日本最大の経済学部です。
そのため、ニチケイは日本の経済学教育に関してとても重い責任を持っていると言えます。
日本では経済学部を希望する受験生は法学部と並んで多く、この点では経済学は人気のある学問分野といます。
しかし、残念ながら他の先進国に比べ日本では経済学の社会的評価が高いとは言えず、また経済学の理解も決して深まっているとは言えないと思います。
少子高齢化やグローバル化が深化するなかで日本経済を浮上させるには適切な経済政策を選択し実施することが求められます。
これには民主主義国家である日本では国民の経済政策に対する正確な理解と信頼が必要です。
そのためには、社会にとって有益だけれども難解な経済学をより多くの人々に理解してもらえるよう丁寧な教育の実現が望まれます。
これは私が学部長に立候補した理由の一つでもあります。私は、ニチケイ改革を通じて日本の経済学教育を改善することによって社会に貢献しようとしています。たとえば、より多くの人々が経済学の学修を通じて自由貿易政策に基づくグローバル化の経済学的なメリットとデメリットを理解していれば、第二次世界大戦前に蔓延った保護貿易主義への回帰ではなく、拡がり続ける所得格差の放置が引き起こした社会問題を一つずつ解決することこそが望ましい経済政策であると考えるのではないかと思います。もしそうであったならば、イギリスの国民投票やアメリカの大統領選挙はそれぞれ違った結果になっていたのではないでしょうか。私はより多くの人びとを幸せにするために、経済学教育の可能性に大いに期待しています。それゆえニチケイの学部長職は、たとえその責任は重くとも、とても夢と希望のある仕事であると考えています。

ところで、規模だけではなく日本大学はその組織もとてもユニークです。私はこれまでニチケイの国際交流を促進すべく、海外の大学と学生交換・研究交流に関する交渉を担当してきました。
その際に「日本大学は“The United Colleges of Nihon”である」と説明してきました。
つまり、アメリカ合衆国(USA)や連合王国(UK)のように、日本大学は独立した16の単科大学(College)から成る連邦組織であると説明してきました。
実際、日本大学の各学部は単科大学のような独立性や規模を持っており、各学部は責任を持ってそれぞれの専門領域の教育・研究をしています。
それゆえ、日本大学では各学部を英語でDepartmentではなく、Collegeと呼びます(ニチケイはNihon University College of Economic)。
しかし、独立性が高いゆえ、同じ大学なのに学部間に相互依存関係はほとんどありません。
各学部の教育カリキュラムは独立しており、他大学にあるような学部間共通科目はありません。
学生たちは語学・教養科目を含めほとんど全ての科目を自学部で学修します。
また、ほとんどのサークルも学部毎に組織されています。したがって、学生たちは他学部の学生と交流する機会が非常に限られています。
それゆえ、ほとんどの学生は自学部にのみ愛校心を持ちます(より正確には愛「学部」心でしょうか)。
例えば、本学卒業生が社会に出て他の本学卒業生に出会ったときには必ず「何学部ですか」と尋ねます。
そして同じ学部の卒業生じゃないとわかるとほとんど共通点が無いため、なんだかちょっと気まずい雰囲気になり、あまり会話が弾みません。
もちろん同じ大学出身という繋がりを感じてはいるのですが、具体的に共感するものが無いのがとても残念です。
そこで、近年では「自主創造」を大学の教育理念として改めて制定し、全学で共有しています。
目下、学長のリーダーシップのもと少しずつ総合大学(University)としての一体感を高めていこうとしています。

 

 

顔の見えるニチケイを目指して

日本大学は、確かに数の上では巨大です。
しかし、本学が日本社会においてあまり目立たないのは、単科大学の集合体なので「The日本大学」という特定のイメージが無いからだろうと思います。
これでは、なかなか日本大学の顔が見えてきません。
最初の質問の答えに関連しますが、日本大学を構成する16学部は一部を除き各学部ごとに地理的に離れており、それぞれ東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、静岡県、そして福島県に分散しています。
確かに、これだけ散らばっていれば、日本大学の本籍地がどこか答えられなくて当然だと思います。私だってわかりません。
ちなみに、法学部と経済学部が所在する神田三崎町(水道橋と神保町の間)が日本大学の発祥地です。
ここは今では魅力的な大学街になっていますが、必ずしもここが日本大学の顔と位置づけられているわけではありません。

この辺りがニチケイです!

私は、この神田三崎町をニチケイを中核とする経済学のメトロポリスにしていきたいと思っています。
日本や世界をリードする経済学者がそれぞれの研究成果を持って神田三崎町に集まり真摯に論議し、そこで得られた成果をニチケイが社会に対して発信し、かつ教育を通じて次世代を担う市民を教え育てていく。
このようなメトロポリスを創り出せれば、いずれ神田三崎町がニチケイの本籍地と理解してもらえると思います。
そうなれば神田三崎町から日本大学の顔が見えなくても、少なくともニチケイの顔が見えてくるようになるのではないでしょうか。
また、このようなメトロポリスができれば、大学も積み上げてきた知識を今まで以上に経済政策に反映させる機会が増えていくと思います。
霞が関にのみ任せるのではなく、大学の社会的責任として積極的に経済政策に関与すべきであろうと思います。
日本で一番大きな経済学部の学部長として難題は多いですが、私はニチケイの将来にワクワクしています。

2017年4月開校の新しい校舎

本コラムでは、大学および大学教育を取り巻く様々な課題や日常的に生じる学内の問題に我々がどのようにチャレンジしているかをお伝えしていきたいと思います。
また、読者のみなさんから「象牙の塔」に関するご質問があればお答えしたいと思います。
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