森直代 「アメリカを拠点に活躍する公衆衛生学スペシャリストの Ms.GoGetterz」

森直代さん。
日本を代表する疫学、公衆衛生のスペシャリスト。
現在米国ワシントンDCに在住。

難関東京大学大学院医学系研究科公衆衛生で博士号を取得。日本人としては異例の米国ハンフォード・サイト核処理施設勤務の経験もある方と聞き、緊張してお迎えしたが、森さんは人をあたたかくつつみこむオーラを持った容姿端麗の素敵な女性だった。

「わたしは、ちっともゴーゲッターじゃないですよ」
「ただ流れに身を任せていたら、今日のわたしが出来上がったという感じです」

森さんは謙虚にそういう。
どう流れに身を任せたら、世界を舞台に活躍できるようになるのだろう?
ゴーゲッターの取材なのに「ゴーゲッターではない」ときっぱり言われ、ためらいながらも興味深く、森さんの今までの生き方について話をうかがった。

感性の赴くままに

森さんは、「お嬢様学校」のイメージの強い東京女学館に中学校から通っていた。出来のいい兄との二人きょうだい。学校の勉強は一生懸命やっていたし成績もよかった。
高校生の時、映画で「君にはケミストリーを感じるよ」というセリフを聞いて「ケミストリー」の響きがおしゃれだと思い、大学では化学を勉強しようと決めた。そして、森さんは上智大学理工学部化学科に入学する。

大学入学後は、勉強はそこそこに 大学以外の場を中心とした生活をするようになる。
自分で塾を始めてみた。赤坂や銀座の高級クラブで働いてもみた。機会があればいろんなことにチャレンジをした。

ただ、物理化学のクラスだけは真面目に受けた。ずらりと並ぶ男性教授の名前の中に見つけた女性の名前。男性ばかりの中で苦労しながらも頑張るこの教授の姿は、かっこよく魅かれるものがあった 。教えることにパッションを持っていて、彼女のパワーを感じるのが気持ちよく、前の席に座り、真面目に授業を受けた。

大学を卒業後、右にならえで就職。
大手家電メーカーに入社した。

同期の仲間の興味は結婚。
森さんは、真面目に働き続けても自分が出世していく姿はイメージできなかったという。
退職したいが、どうしたらいいものか。森さんは、大学院進学を思い立つ。
「退職の理由として大学院へ戻るってのは無難だと思っただけなんですよ」
そして母校上智大学の大学院生命科学研究所に通い始めた。
専門は、神経科学。
大学で化学専攻を選んだ時のように、大学院も神経科学が「なんとなくおしゃれ」だということだけで専攻に選んだそうだ。

「でもね、入ってみたら向いてないことに気がついたんです」

毎日実験室にこもる生活よりも、人と接する仕事の方が向いていると思ったそうだ。 そんな時に新聞を眺めているとウェザーニューズという会社の求人広告が目に入った。 生気象学という、気象現象が人間をはじめとした生物に与える影響を研究するという分野の仕事だった。
「おもしろそう」
そしてまた就職をすることにした。

森さんは自由な人だと思う。
何にも執着せず、世間体にも縛られず、流れに身をまかせながらどんどん新しい世界へと羽ばたいていく。

ライフワークとなる専門分野との出会い

新しい職場で、彼女は疫学、統計学を勉強することになる。
そして、こで彼女は尊敬すべき上司に出会う。
「君はもっと勉強するといい」
元気象庁の優秀な上司にそういわれ、 森さんは、28歳で東京大学大学院医科学系研究科公衆衛生学教室入学。 そして真摯な教授、指導教官に巡り会う。 今の彼女のキャリア・国際的に活躍するポジションへと大きく導いてくれた方々だ。

「わたしはラッキー。いろんな方との出会いが今のわたしをつくってくれた」

東京大学大学院では誰もが学位をもらえるわけではない。 教授と指導教官が辛抱強く教育してくれたという。 そして女性としては珍しく博士号を取得する。

30半ばをすぎていた。
ここまでレールを外れた人生ならば、思いっきり外れてみよう。
いっそのこと外国にいってしまうのもいいかもしれない。

森さんは留学を思い立つ。
そして、森さんは新たな学びのためにアメリカに羽ばたいていった。

選んだのはカリフォルニア州立大学ノースリッジ校。
授業料が手頃で、研究よりも実務を学びたいという森さんの希望に合ったカリキュラムがあったから。学生部のカウンセラーとの出会いもまた彼女の人生設計に大いに役にたった。日本での経歴を考慮して環境労働衛生を学ぶことを勧めてくれた。そして大学院で環境労働衛生学を専攻する。

授業はテープに録音し、家に帰ってそれをノートに一語一句書き起こすという方法で勉強。 授業は法律関連ものも多かったので細かい表現は丸暗記したという。こうして言葉の壁も乗り越え、森さんは修士号を取得した。

アメリカでのキャリア

森さんは羽ばたくことを恐れない。
カリフォルニアで大学院を卒業後は、ワシントン州のハンフォード・サイトの核処理施設で疫学の専門家として働いた。第二次世界大戦中にマンハッタン計画の一環でプルトニウムの精製が行われ、日本に投下された原爆の原料が作られていた場所である。現在はアメリカ最大級の核廃棄物問題を抱え、除染作業が続けられている施設だ。

「歴史的にみてもよく日本国籍のわたしを雇ったなって思います。アメリカってすごいですね」
森さんは優雅に笑う。

ハンフォード時代の親友。ハンフォードの仕事で不治の病を患ったが今でも同じ仕事をこなし、よく遊びよく働く尊敬すべきゴーゲッターという。

その後、スポンサーなしで永住権を申請するには研究者でもあったほうが良いと知り、ウィスコンシン大学に籍を置き、研究をしながら学生に疫学を教えた。自分のメンター的存在となった方々のように若者の可能性を引き出し、導いていく仕事に興味を持ったのだという。

ウィスコンシン大に移った後、米国エネルギー省プルトニウムの疫学の専門家として、またリスクコミュニケーターとしてコンサルタント業務を依頼される。 研究者とコンサルタントとしてウイスコンシン州とワシントン州をいったりきたりする生活を約8年続けた。現在は、オンラインのWalden大学で、修士と博士コースの公衆衛生学、疫学のコースを教え、また学位論文指導を担当している。

2016年、そしてまた森さんは羽ばたいていった。
オンラインの教授職というどこに住んでいてもできる特性を生かし、アメリカの首都、ワシントンDCへ引っ越していった。アメリカ政府関係の労働衛生の仕事をしたいと思ったから。ワシントンDCに知り合いもいないし、可能性はわからない。それでも、まずはやってみる。それが森さんの生き方。

前向きに対応できる能力と、支えてくれるコミュニティー

「すごい人だ」

森さんの学歴を、経歴を見て誰しもが思うだろう。
しかし、森さんには「すごい人オーラ」がない。
いばらない。おごらない。いたって自由。いたってマイペース。

「本当に流れに身を任せてきただけなんですよ」
「私は化学、神経化学、公衆衛生学、環境労働衛生、水商売、大手・中小のサラリーマン、新規事業の立ち上げ、いろいろやってきたからこそ今があると思います」

森さんはいう。
「目標を持つことは良いことだけれど、無理やり自分を奮い立たせて頑張る必要はないと思います。流れに身を任せながら一つ一つのことをていねいにしていれば自ずと道は開かれていくもの。無理して競争したりしなくても人生は”チャレンジ”がやってくるものだと思っています」

「その時」が来た時に、前向きに対応できる能力と、その人のチャレンジを支えるコミュニティーを持つことが大切だと森さんはいう。そして良いコミュニティを作るには学歴もお金も入らない。前向きの心と思いやり、他への寛容と忍耐が必要だという。

森さんの「今」は、野心の先にあったものではない。
自分の前に開かれた道を真摯な態度で生きてきたらたどりついた通過点。

「クララ・バートンという女性は、1881年に60歳で赤十字を作り、その後20年以上赤十字で働きました。南北戦争の時代ですら60過ぎの女性が偉業を成し遂げたのです。」

「私は男性も女性も家庭環境などのバックグラウンドは関係なく、人は何歳でも心身ともに健康であれば社会の役に立つことができると信じています。そして、社会の役に立つことにお金以上の価値があると思っています」

「努力は実らないし、夢は叶わないかもしれない。年齢とともに体力も知力も衰える。でも健康であればそれなりの道は開かれる。」

「人生はあっという間なのでやりたいことをやれば良いと思います。嫌ならすぐ辞める。やってみたいことがあれば必死にやる」

それが、流れに身を任せながら、世界を舞台に活躍するに至った森さんの生き方だ。森さんは、今後はアメリカの労働衛生、リスクコミュニケーションの分野で働きたいという。無理なら学校の先生として学生の役に立ちたい。森さんは、いつまでも教え続けたいと願う。オンライン教授の仕事は、寝たきりになっても頭が動く限りは続けていくつもりだという。

離婚、乳がんで全摘、そんなことにめげないハンフォード時代の仲間たち。

世の中には色々な人がいる。
一人一人の人生はすべてオリジナル。
ゴーゲッターとして生きるにも、ただがむしゃらに夢を追いかければいいというものでもない。流れに身を任せながらでも自分の行くべく道を見出し、切り開いていけることを森さんから学んだ。

しなやかに我が道をいくMs.GoGetterz 森直代。
これからも森さんは、マイペースに流れに身をまかせながら、道を切り開いて生きていく。
わたしたちも人と比べたり、あせったりせず、前向きの心と思いやりと寛容な心と忍耐力を持とう。そしてサポートしてくれるコミュニティーを大切にし、自分なりのゴーゲッターな人生を見つけていきたいものである。