三原理絵 「まあまあの危険とたくさんの魅力が混在するパキスタンで起業するMs.Gogetterz」

「わたし、パキスタンに行くんです」

三原理絵さんは友達と海外旅行に行くかのように楽しそうにほほえんでそう話してくれた。 三原さんいわくパキスタンとは「まあまあの危険」と「たくさんの魅力」が混在する国だという。「まあまあの危険」とはとても謙遜した表現だ。

パキスタン。 商業の街のカラチでは2014年まで毎週50件の殺人事件が起きていたという。 そして、ニュースを騒がす度重なる自爆テロ。 地域によっては極端な男尊女卑が蔓延し、女性達は教育を受ける機会が少ない。 出生1000件あたりの死産数 世界No.1 未就学児童数 世界No.1 そんな日本とは生活環境が異なる新興国へ、三原さんはマンションも家財道具も売り払って移住していくという。 なぜ?

衛生教育と現地ビジネス展開でパキスタンに明るい未来をもたらせたいとがんばる三原理絵さん

三原理絵。起業家。まれにみるゴーゲッター。

「わたし、父親の介護をしていたんですよ」

彼女のキャリアは、若くして家族のために路線変更を余儀なくされた。 専門学校をもうすぐ卒業という19歳の時に父親が脳溢血で倒れ、一家の大黒柱にならざるおえなくなった。内定の決まっていた仕事にはつかず、やればやっただけ儲かる歩合制の仕事を選びがむしゃらに働いた。10年間仕事と介護を両立させていたが父親がアルツハイマーを併発。徘徊がひどくなり母親だけでは面倒がみきれなくなってしまった。そのたびに会社に電話がかかってきては帰宅せざる終えず、責任も増えた職場にいた彼女はやむなく仕事をやめることにした。しかし、どうやって食べていったらいいのだろう?バイトをするにも自由な時間で働くのはむずかしい。そして彼女は考えた。

「自分で事業をはじめよう」

自分の得意なことをやっていこう。自分のよう在宅介護で困っている人たちをサポートしよう。ケアをする人のケアをしてあげよう。 若い時から在宅介護を体験し、社会を違うアングルから見てきた三原さん。社会の弱者の視点から何をしたらいいか考え、実行する人になった。 そして2008年笑顔と癒しをモットーとする(株)誠やを設立。主に生活や仕事におけるストレスや苦痛・体調不良の緩和にも役立つ「緩和ケアセラピー」に従事してきた。 そして父親を看取った。在宅介護生活は16年におよんだ。

東日本大震災とビリヤニの味

2011年、東日本大震災。 彼女はすぐに行動に出た。 被災地へ化粧品を届けた。 「「被災者」のみなさんは、ついこの前まで普通に暮らしていた方々。おにぎりと水があれば生きていけるわけではないのです」 彼女の視点はやさしい。相手の立場になって考え行動ができる女性。 介護、ケアビジネスを通じ、ケアする人々の2次感染を防ぐ必要を感じていた。そして被災地でまた衛生面を改善すべきだと思った。 どうにかできないか? 三原さんは、感染症予防事業に力を入れた。そして東京都の経営革新認定を受け、誰にでも使える感染症プロテクトキットブランド「BIOPRO(バイオプロ)」の開発に成功。

誰にでも使える感染症プロテクトキットBIOPRO

被災者支援に駆け回っている時に近所のパキスタン人との出会いもあった。 「僕も何かしたいけど、なにもできないからみなさんにごはんを作ります」 そういうと彼は、三原さんたちボランティアに食事を提供してくれた。パキスタンの定番料理「ビリヤニ」。その時の味が忘れられなかった。

パキスタンとのアツき絆を結ばせたのはこの「ビリヤニ」

パキスタンに縁を感じた三原さんは、何か恩返しはできないかと考えた。パキスタンという国のことを調べて見ると、パキスタンはイギリス統治国で英語が通じる。GDPは44位と、ベトナム(56位)・バングラデシュ(57位) より、実は上。生産基盤は結構、整っている。中東〜アフリカ〜欧州へのアクセスも良い。そして彼女は思い立った。 「BIOPROをパキスタンでも生産しよう!衛生教育による健康と、製品輸出による外貨獲得でパキスタンへの恩返しにしよう!」そして、三原さんは移住を決意する。日本での仕事は、インターネットとPC、スマードフォンがあれば、どこでもできる。しかし、パキスタンでの仕事は、現地にいないとできないことが多い。そして日本から事業を運営するのではなく、現地の人となっての事業経営を選んだのだ。  

外国人で異教徒の女性だからできること

「カラダの話は、医師にも恥ずかしくてできない」 「ボディケアなんて、習ったことない」 パキスタンの女性たちには「衛生教育」というコンセプトから教育をしていかねばならない。それでも三原さんはポジティブだ。 男尊女卑がまかり通っている国だけど異教徒の女性だからこそできることがあるにちがいないという。知り合いには恥ずかしくて聞けないことも異教徒、それも外国人の三原さんにならかえって相談しやすい。そういう機会をつくっていくのだという。 そして危険地域や貧困層女性たちに母子や女性向けの衛生教育推進活動をしていきたいという。「BIOPRO(バイオプロ)」を広め、ゆくゆくは中東・ケニアを拠点にアフリカにも輸出していきたいと夢を膨らませている。

「それでは、いってきます」

マンションを売り払い、家財道具も処分して、80歳近いお母さんと愛犬を連れて、この春三原さんはパキスタンへと旅立った。 「まあまあの危険」と「たくさんの魅力」が混在する国パキスタンで現地の人々のため、女性のため、Ms. GoGetter 三原理絵は道を切り開いていく。